近所の空き地の蜂達

実家の前の通りをはさんだ向いは、斜向かいの製材所の材木置場と、細長い畑だった。
畑には季節折々の野菜がつくられ、数本の茶の木が植えられていた。
茶の葉には、鳥の糞に擬態した小型の昆虫がいつもいて、近づくと跳ねて逃げた。
半翅目の昆虫ではなかったかと記憶している。
製材置場には雑草が生え、春にはカラスノエンドウ、夏にはセイタカアワダチソウが茂った。


昭和40年代の初め頃は、故郷の町はまだ住宅が少なく稲田や畑に囲まれ、遠景は地平線に近いシルエットをあらわし、赤松の影が点在していた。
蜂を観察し始めた、昭和40年代後半以降、少しずつ開発は進んだが、まだまだ緑や水は多かった。
今も遠くの工場の稼働する音や、野焼の煙のにおい、飼い犬の鳴き声などを聞くと、当時を思い出し、郷愁を感じる。


前の製材置場や畑では、春になるとシロスジヒゲナガハナバチやニッポンヒゲナガハナバチがカラスノエンドウの花を訪れ、近所の家の庭に巣穴を掘った。
今は見なくなったツチハンミョウが、大きなおなかを引きずって歩く姿がよく見られた。
この昆虫は、ヒゲナガハナバチの仲間の巣に寄生するそうだ。
ヒメハナバチの仲間の雄などが早春から発生し、冬の間はもっぱらドロバチやアメリカジガバチなどの越冬中の泥の巣を暴いて、前蛹になっ幼虫などを見るしかなかった私の気をはやらせた。


当時は名前が分からなかった、イマイツツハナバチも春に発生し、製材置場の日当たりのいい材木の上で
たむろしていた。
この蜂は全身を赤褐色の毛でおおわれた、きれいなツツハナバチだが、雄の毛は赤くなく一見青っぽく見える。
先に雄蜂が現れ、遅れて発生する雌を待つ。
既存抗に巣を作り、花粉と蜜の団子に産卵して、植物の葉を使って育房を仕切る。
近所の畑の畔道を歩いていると、目の前の植物の葉にこの蜂が不意にとまり、葉をかじりとっていたのを一度だけ見たことがある。
この蜂とマイマイツツハナバチは巣材に植物の葉を利用するが、ハキリバチの様に葉片を切り取って育房を作るのではなく、噛み砕いて漆喰にして隔壁を作る。
巣材採取の際、この蜂は葉を両足で挟むようにとまると、チョウの幼虫のように葉を端からかじり始める。
かじりとった葉をその場でしばらく噛み砕くと、すっと飛び去る。
ハキリバチの仲間が、いかにも巣材を求めて来ましたという態度で飛んでくるのに対し、イマイとマイマイツツハナバチは、ハエがものにとまる様な感じですっととまり、おもむろに巣材採取を始める。
土を採るツツハナバチは割と大きい泥玉を作り、飛び去る直前には体を横に倒すほどの体勢になるが、イマイやマイマイの場合、小さな玉(おそらく2ミリ足らず)になるともう持ち帰る。
一説に、分布がかなり限定され、兵庫県など限られた地域にしか見られないと言われるが、インターネットから得た情報によると、東京都や栃木県、大阪府などから確認されているようだ。
私が後年移り住んだ佐賀県にもいた。


















休耕田などに一面に咲くレンゲの花に、時として多数の訪花が確認されるが、目にしない時は全く目にしないところがあり、案外そういうところから分布が限られている様に思われているのかも知れないが、外来種であるということも示唆されており、分布は経時的に広がっているのかもしれない。
製材所の材木置き場では、材木を地面に直接置かないように枕木が敷かれていたが、この蜂はそんな木の穴や、枯れて隋が空洞になった草の中などに巣を作った。
最盛期には活発に活動し、巣材や花粉を運び込む様子が見られた。
ハキリバチ科オスミア属に分類されるので、他の同類と同様、花粉は腹部の腹面にあるスコパと呼ばれる密集した毛に付けて運ばれる。
蜜源はレンゲの花を強く嗜好し、レンゲ畑には必ずこの蜂の姿が見られた。
レンゲソウも中国原産なので、DNAに訴えるものがあるのかもしれないが、他にもノイバラやヒメオドリコソウなどに訪花する姿も見たことがある。
この蜂は町内の他の場所でも見ることができたが、総じてオープングラウンドに近い環境で古木の杭や、横たえた材木などの穴に営巣していた。
春のうちに繭を紡ぎ、年内に成虫になるが、繭を破らずに翌年の春まで過ごす。
この蜂は径の大きい穴に営巣した場合、育房を隔壁で縦横に区切り並列に並べる習性を持つことを、冬になって繭が入った巣を見つけて観察したことが有る。
他のツツハナバチにも見られる習性らしい。


この材木置場には夏からセイタカアワダチソウが伸びはじめ、秋には黄色い花を咲かせた。
冬になって枯れた茎を見ていて、横に穴があいたものを見つけた。
カッターナイフで茎を割ってみると、見たこともない蜂の繭と思しきものが2−3個並んでおり、
それぞれがこの草の髄質を粉砕したもので仕切られていた。
穴は入口から上下両方に坑道が掘られていた。
繭を開けてみると、ギングチバチのような形をした蛹が入っていた。
育房の中に繭と一緒に、双翅目の昆虫の残骸と思われるものが見つかった。
後になって岩田久二雄氏の著書で、生きた植物の茎に同様の巣を作るクララギングチという蜂のことを読んだ。
この材木置場に隣接した近所の家の庭に、ニンジンがいつも栽培されていた。
今はあまり見られないキアゲハの、緑と黒の縞模様の幼虫の餌場となっていたが、ニンジンの花にやや小型のギングチバチが訪れていた。
花が目的だったのか、花に来ているハエが目的だったのか当時は見ていなかったが、
今にして思えばあれがクララギングチだったのだろうか。
   
     

繭の中のクララギングチの蛹。

セイタカアワダチソウの髄の中に作られた、クララギングチの巣。
繭が並んでいる。

レンゲソウを訪花するイマイツツハナバチ。

右はイマイツツハナバチの巣。
花粉団子に卵が産み付けられている。
緑色の隔壁は植物の葉の漆喰。
左はノイバラの葉をかじり採り、噛み砕くマイマイツツハナバチ。

イマイツツハナバチの雄。
雌がレンゲソウに訪花する田の畔道で陽に当たり休む。

ツチハンミョウの1齢幼虫。
大量に孵化し、草や花の頂で寄主の蜂が来るのを待つ。