近所の花と蜂達

小学生の高学年から蜂に興味を持ち始めた私だが、最初から蜂の営巣行動ばかり追ったり、写真撮影をしていた訳ではなかった。
中学生になってからは標本のコレクションを始めたが、高校生までがピークだった。
生態観察や写真撮影を始めてからは、少しずつ標本を作ることをしなくなった。
大学生になってから、大学のある大阪府泉南郡河南町で、シロスジフデアシハナバチを捕えたのが、私の最後の標本になった。
同時に生態写真を撮ることが最も多かったのが大学時代であるが、どういう訳か大学卒業後にピタッとやめてしまった。
今思ってもどうしてやめたのか分からない。
社会人になって続ける趣味では無いと思ったかどうかも覚えていない。
とにかく20年後には、再び始めることとなったのである。


中学高校と蜂の採集をしていたころは、野原や空き地で蜂が営巣しそうなところをうろついていたのと同時に、蜂が食事をする花があるところもスポットになっていた。
近所にヤブガラシが自生している場所が2か所あった。
2か所ともマサキやカイヅカイブキの生け垣にヤブガラシが絡み、多くの花が咲いていた。
開花は夏だが、丁度その頃発生する蜂たちが、多く訪れたので、格好の採集スポットだった。
おなじみのセグロとフタモンアシナガバチや、コハナバチの仲間も、ミツバチも来ていた。
当時私の中では珍しい蜂だったのがクロアナバチだ。
私の行動範囲がまだ狭かったせいもあるだろう。
まっ黒で3センチを超える大きな姿を初めて見た時は迫力を感じた。
最近全然見られなくなったドロジガバチの仲間だが、ルリジガバチはどこでも見かけたし、この餌場でも常連だった。
キゴシジガバチも時々見ることが出来た。
しかし今はこの地域では絶滅状態ではないだろうか。
キゴシジガバチとアメリカジガバチはおなじ属に属しているのだが、その生活史はよく似ており、狩る獲物(蜘蛛)も営巣環境もほぼ競合している。
生態系に影響を及ぼすことは早くから示唆されていた様だが、当時からすでにキゴシジガバチからアメリカジガバチに勢力が移っていた。
ベッコウクモバチの姿もあったが、他の種のクモバチの姿は花の上では見かけなかった。
意外にも住宅地の中に見かけたのは、アカアシハヤバチだ。
初めて見た時は、名前を知らなかったのだが、異様な素早さとトンボの様な大きな複眼が印象的だった。
後年生態写真の撮影に慣れてからも、あまりの素早さこの蜂の写真を撮るのには苦労した。
当時は営巣環境など習性が謎に包まれた存在だったのだが、2013年8月とうとう営巣現場を見つけ、ササキリモドキの仲間を搬入するところを目撃した。
甲高い羽音をたてながら、獲物をかかえ上空から巣穴にアプローチして来て、そのまますぽっと巣穴に飛び込んだ。
佐賀県の佐賀市の山中での事だが、休日出勤のため昼過ぎに観察を打ち切った後、再度現場に向かい日没直前に思いと遂げたのだった。
それまでに狩りの現場は見ていたが、その時はササキリの仲間だった。


家から東に少し歩いたところにソウブチ池という池があり、初夏になると何種類ものトンボやイトトンボの仲間が発生し、池の中にもその幼虫のヤゴを始め、多くの水棲昆虫がいた。
クサガメやカエルもおり、魚も住んでいた。
池の縁に、よく水辺に生えるアカメガシワの木が2−3本生えていて、初夏には花を咲かせた。
この花にも多くの蜂が訪れたが、特にドロジガバチの仲間が嗜好しアメリカジガバチやキゴシジガバチ、ルリジガバチが訪れた。
記憶が確かではないが、オオハキリバチやキヌゲハキリバチなども来ていたように思う。
私の採集スポットの一つでもあった。
有剣類に含まれる蜂でありながら、あまり興味がなく、観察も写真撮影もしない蜂がいくつかあるが、そのうちのひとつがツチバチの仲間だ。
このツチバチも各種がアカメガシワを訪れた。
この蜂はコガネムシの幼虫に捕食寄生するので、雑草の根元にもぐりこんで行く姿を時々見かける。


住宅地とはいえ、昔はちょっとした空き地や道端にもすぐ雑草が生えた。
秋口になるとイノゴヅチが花を咲かせた。
イノコヅチにはヒナタイノコヅチとヒカゲイノコヅチの2種があり、その違いは見た目よりも文字通り生える環境にあった。
当時のイノコヅチはどちらか覚えていないが、生えていた環境からヒナタだった可能性が高い。
花といっても、この花にはきれいな花びらはない。
洋服に種がくっついて困るあの雑草の仲間で、花の時からすでに、その実と同じ形をしている。
当時地元の子供たちは、同じように衣服に付着する草の実のことを「ひっつき虫」と呼んでいたが、他の地域ではどう呼んでいるのか気になるところだ。
この草は一株につく花の数が多く、たくさんの蜂を呼び寄せた。
この花は特にドロバチの仲間が嗜好した。
オオフタオビドロバチ、エントツドロバチ、ナミカバフドロバチ、ミカドドロバチなどほとんどのドロバチが来ていた。
トックリバチの仲間も、スズバチを始め町に生息する種類の全てがやって来た。
サトジガバチも時々姿を見かけたが、当時私にとってまだなじみが薄く、見つけた時は嬉しかった。
まだ営巣する様子をみたことがない時だった。


中には変わり者もいた。
オオトガリハナバチという変わった姿のハナバチで、腹部の先端がその名の通り尖っている。
実はハキリバチ科に属しているのだが、この蜂の仲間は葉を切らない。
葉を切らないどころか、巣を作らないのである。
同じハキリバチの仲間の巣に寄生するらしい。
トガリハナバチの仲間では一番大きい種なので、寄主もハキリバチの中で一番大きいオオハキリバチなのだそうだ。
寄生と言っても、イメージしづらいと思う。
普通ハキリバチの仲間は、これまで紹介してきたように巣場所を決めて、花粉と蜜の混合物を集め産卵する。
この蜂はその間の労働を省略して、ちゃっかり寄主の餌だけ頂戴してしまうのだ。
当然寄主の卵は処分されることとなる。
当時その行動は見たことが無いが、後年佐賀県の地で寄生行動を見た。
寺の参道脇の古い土塀で、春には多くのケブカハナバチが穴だらけの塀を出入りする。
1年を通じて様々な蜂がこの巣穴を利用して巣を作った。
オオハキリバチもその1つだが、2−3頭が営巣していた。
この土塀にオオトガリハナバチが訪れた。
ケブカハナバチの巣穴を次々に訪れ、一瞥しては空き家を瞬時に見分けた。
オオハキリバチが営巣している巣穴は、覘いただけてその存在を見破り、ためらわずに進入していく。
営巣の進捗が寄生するのに見合わないとすぐ出てきて次を探すが、頃合いだと判断すると入口まで出てきた後、産卵する為に再び尾の先から後ずさりして巣穴に戻る。
しばらくして出てくると、再び頭から巣穴に侵入していく。
内部の確認の為か寄生の痕跡を消す為か分からないが、研究者によってすでに明らかになっているであろう。


家の前の道を東に少しだけ歩くと、私の両親も借りていた畑があった。
玉ねぎや白菜やピーマンなど、食卓には自家製の野菜がでることが多かったが、野菜好きの私は楽しみであった。
夏にはスイカが出来るのも楽しみだった。
子供のころはよく、食べ過ぎて腹がいっぱいになって動けなくなったものだ。
毎年ソラマメを栽培する家があり、春になると花が咲いていいにおいがした。
ここにはヒゲナガハナバチが訪花したが、毎年この蜂が現れるのが楽しみだった。
ニッポンヒゲナガとシロスジヒゲナガのどちらも来ていたと思うが、両種とも雄の触角が非常に長く、雌との性差がかなり大きいのが特徴だ。
雌に先立って雄が発生し、数十匹がソラマメの花の周りを畝づたいを往復して飛んでいた。
訪花するものいたが、多くは雌の飛来を待っていたようだ。
思えば中学になり、蜂の採集を始めた私が、初に採集したのがこの蜂たちだった。
今も1974年のラベルが付いた標本が残っている。
ある時にカツオブシムシに侵入され、大事なマルハナバチなどが食べられてしまったのは非常に惜しまれるが、これらの標本も学術的な価値を求めた訳ではなく私にとってはただの思いでの品なのである。


向いの製材所の空き地に隣接するたばこ屋の裏に空き地があった。
製材所の空き地とはブロック塀で区切られていた。
そのブロック塀と同じ1メートルそこそこの高さまで茂っていたのがナワシロイチゴだった。
つる性の落葉低木で、毎年春になると濃いピンクの花をたくさん咲かせた。
開花と同時にいい匂いもさせて、多くの昆虫を呼び寄せた。
この花にもヒゲナガハナバチが訪れたが、営巣活動が行われているピークの時期であったので、すでに雌の姿しか見られなかった。
クマバチもよく訪花した。
ある時標本のコレクションに加えるべく、ネットにかけた。
うまく捕えることが出来たが、ネットに毒瓶を入れ、中に入れようとした時、親指を刺された。
蜂をやっているからには、刺されることは珍しくなかったが、その時はさすがに痛かった。
親指はみるみる腫れてきて、あっという間にゴルフボールのようになった。
この花はハナバチ系がさすがに多く、西洋ミツバチの働き蜂で一番賑わっていた。
ヒメトガリハナバチも来ていた。
この蜂は先ほど話したオオトガリハナバチと同じ仲間の蜂で、
やはりヤマトハキリバチなど他のハキリバチに労働寄生するらしい。
後年佐賀では春にヤマトハキリバチが営巣する場所で同時に発生し、営巣中の同種を監視する姿を観察したし、兵庫県姫路市の書写山でも同様の様子を観察した。
それを感知したヤマトハキリバチが、ひどく神経質な行動をとり、巣穴を埋めたり外役に出てもすぐに引き返してきたりと異常な反応を示し、本能に刷り込まれるまで根深い2種の関係に興味を引かれた。
しかし、ヒメトガリハナバチの昔の標本を見直してみると秋に採集されたものもあり、寄主は春発生するヤマトハキリバチ以外の、小型ないしは中型のハキリバチ全般に及んだ可能性を示唆している。
あるいは分類学には疎い素人の私が、類似する別種を混同している可能性も否定出来ない。
類似種が複数いるような記述を、なにかの文献で目にした気もする。
   
     

蔓植物の花を訪れるヒメトガリハナバチ。

カラスノエンドウを訪花するシロスジヒゲナガハナバチの雄。

ケブカハナバチの巣穴に営巣するオオハキリバチの巣を探すオオトガリハナバチ。

ヒナタイノコヅチを訪花するスズバチ。

ヤブガラシに訪花するアカアシハヤバチ。