近所の畑の蜂達

1980年代くらいまでは、町内にも多くの稲田や畑があった。
稲田に住まう生物が、その地域の生態系に及ぼす影響ははかり知れないが、それは別の機会に話すとして、畑の面積もまた宅地の面積よりは間違いなく大きかった。
蜂が生活するために、土が露出した地面は大きな意味を持つ。
営巣地に地中を選ぶ種がいるというだけでなく、そこに生活する昆虫や植物が蜂の生活史の糧になるからだ。
しかし当時はまだ畑以外にも、空き地や川の土手や神社仏閣の境内など、良好な環境が多く残っていた。
そのためか、意外に畑での蜂の思い出は多くない。
そんな中でも今や貴重な存在になってしまった蜂の思い出がある。


実家の前の道をまっすぐ行ってすぐ脇の所に畑があった。
一年を通して何を作っていたかはっきり覚えていないが、大豆を作っていたのは覚えている。
畑の大豆の上を、近所では個体数が多くなかったクロアナバチが獲物を探して飛び回っていた。
大豆の葉にはオンブバッタがつき、食していた。
豆科植物を嗜好するのだろうか、その後もこの昆虫をクズやノアズキなどでよく見る。
この畑で私が中高生の頃見たのはアナアキアシブトハナバチ。
コハナバチ科に属するハナバチで、体長は1センチほどで雄の後肢は著しく変形する。
季節ははっきり覚えていないがおそらく初秋だったと思う。
個体数は少なく無かったと思うが、見ている間に帰巣する個体が確認出来たと記憶しているので、2−30ほどの巣穴があったと思う。
畑は毎年耕されるが、畝の間の部分に営巣していたので、少々土がかぶっても羽化してくることが出来たのだろう。
町内の他の場所でも見たことは無いが、なにぶん行動範囲が限られていた。
北隆館の昆虫図鑑には地中に巣を作るが、生態は不明であると記載されている。
後年この蜂を見ることは無くなった。
どこかの地でいずれ再会したい蜂である。


ヤブガラシが生垣に絡んでいた場所のすぐそばにも畑があった。
畝が広く、西瓜などを作っていた記憶がある。
ここで出会ったのはヒメコオロギバチ。
ギングチバチ科ケラトリバチ亜科に属する、1センチあるかないかの小型の狩り蜂で、コオロギの仲間を狩る。
観察したのは初夏だったと記憶しているが、この蜂は年複数回発生する。
おそらく3化ほどすると思われる。
ただこの場所でいつも観察していた訳ではなく、たまたま獲物を運んでいる姿を見つけたのだ。
その後もこの蜂の獲物運びは、それを狙って歩いている時に見つけるものではなかった。
もう大学生になっていたかも知れないが、この蜂がエンマコオロギの小型の幼虫を運んでいるのを見つけ、巣穴に搬入するところを観察した。
いや「巣穴」という表現は実は正しくない。
当時私はこの蜂が地面に穴を掘り巣を作ると思っていたが、後年そうではなく既存坑を利用することを知った。
営巣場所に搬入というのが正確だ。
私は蜂が巣を完成するのを確認する前に、待ちきれずに巣を暴いた。
残念ながら2−30センチ掘ったところにあったのは、今搬入を見たエンマコオロギの幼虫が一匹だけだった。
産卵はされておらず、この蜂はアナバチの仲間などの様に、最初に搬入した獲物に産卵する習性は持っていない事がわかった。
この蜂は様々な大きさのコオロギを、1つの育房に複数搬入するが、大きい獲物の時は飛んで運ぶことが出来ない。
近縁のナミコオロギバチはやや大型だが、こちらの方が飛翔力が強く、自分に近い大きさの獲物を運ぶ時でも、短い距離なら飛んで運ぶ。
物陰から獲物を追い立てた時など、狙いを定めてホバリングする時さえある。
ヒメコオロギバチが同じ様にすいすい飛んでいるのを私は見たことがなく、時々ピョンピョン跳ねる様に飛ぶ努力だけは見せる姿を見るだけである。
けなげに見える。
とにかくこの蜂は、遠距離を営巣場所まで獲物を運んで帰ることが出来ない関係からか、狩り場と営巣場所が近い例を多く観察した。
畑の既存坑を選んで巣を作ったのは、畑に多くのコオロギが生息していたからに他ならない。
   
     

コオロギの幼虫を運ぶヒメコオロギバチ。
2006年春佐賀市。

坑道の奥深くに運び込まれたエンマコオロギの幼虫。
産はされていない。

畑の地面に開いた既存坑にエンマコオロギの幼虫を運び込む、ヒメコオロギバチ。
1980年前後。

1970年代に採集したアナアキアシブトハナバチ。
おそらく雄。